カテゴリー
技術

Make: Tokyo Meeting 03にいってきた

MAKE: Japan : Make: Tokyo Meeting 03.

たまには外出しなければと思い、2日間のうち1日目だけみてきた。

アート寄りなモノと、組込み技術寄りなモノが混ざってる感じなんだが、両者共にボンクラ感がただよってるところが好印象だった。(それに引き換え、未だに紙媒体のデザインはひっかかる。10年以上前のMegademoに取り付いていた連中とかWiredJapan紙的な、いかんともし難い感じ。そんなんじゃねえんだよ!と言いたくなるような。)

とりあえず、組込み系のボードの類に興味を持った。

Armadillo

これにAndroidいれてたのみた。ドコモからAndroid携帯でるみたいなので替えたい気もしてきた、まだMovaなので。

ヤマモト・ツール・ワークス オンラインストア ALIX.2D3 (256MB / 3LAN / USB)

EMobileと組み合わせて持ち運びできるアクセスポイントにしてた。普通にルータにするだけでもいいかも。

Arduino – HomePage

流行ってるっぽい。寝ぼけて、どっかのBlogから飛んだAmazonでぽちってて、なんか手元にある。

あとなんかプレゼンもいくつかみたけど、ニコ生のコメントを拾って電光掲示板に表示してみたり、ゲーム操作してみたり、なかなかおもしろかったよ。

カテゴリー
未分類

google sync with W-ZERO3[es]

これまでメインでWillcomのnineというW-SIM対応の端末を使っていたんだが、先日仙台にてポケットに入れたまま暴れ回っていたところ、くの字に折れ曲がってしまったのであった。

その後だましだまし数日つかっていたのだが、そろそろ次のSIMジャケット端末を探さなければとおもい、とりあえず元同居人に訊ねるとビンゴ。W-ZERO3[es]が余っているというので、早速前居に繰り出し譲り受ける。

連絡先データをSIMにコピーし、それを差しかえて、サインアップするだけでもう実用的に使える。当たり前だけど。

OSはWindowsMobile5.0が載ってるので、nineとは大違いの重装備。数年前流行っていたと思うので、ガジェット好きにとっては今更なんだろうけど、俺はしばらく遊ぶぞ。強いて言えばiPhoneじゃないところが気に入っている。

で、本題。

Google Mobile – Sync

要するに、ActiveSyncを使用して、GoogleカレンダーとGmailの連絡先との同期が取れるようになっている。

現状まだベータの位置づけで、連絡先についてはふりがな関係などで問題があるようだが、カレンダー同期には使えると思う。

設定の注意点としては、ActiveSyncの設定において、ドメインは空欄のままでいいような説明があるのだが、それだとなぜかうまく登録できない。ここは適当に「google」とかいうドメインを入力するとうまくいくようだ。

Googleカレンダーにスケジュールいれたのを手軽に参照できる。ただそれだけなんだが、結構便利かもしれない。いままでのようにA5ノート開くのに比べたらね。

カテゴリー
技術

mod_security2のoutbound系チェックは重い

チューニング続き。

mod_security2をがちがちにして導入していたので、ルールを見直してみた。

RESPONSE_BODYでgrepしていろいろ外したところ、7[req/sec]から15[req/sec]になった。

ApacheもWorkerじゃなくてPreforkだけど特に困っていないし、たいしてアクセスもないので、もうこれ以上いじる気はしないな。

あと、エラー画面にmod_unique_idの環境変数を表示するようにした

Error Unique ID: <!--#echo var="UNIQUE_ID" -->

をエラーテンプレートに追加しただけだけだが。

そしてこの文面を書いている今まさに、SSI injectionが検出されてしまった。きつすぎる。

カテゴリー
技術

eaccelerator, wp-cache

WordPressがやたらと重かったので、eacceleratorとwp-cacheを導入した。

秒間0.3リクエスト!!から6リクエストになった。

まだまだ遅い。

ついでにテーマも変えた。

チューニングついでに気がついたんだけど、procfsは手作業でマウントしなきゃならないのか。まえからそうだっけ。

カテゴリー
音楽

ナードコア周辺言説についてひとこと言っておくか

今更興味がある人は少ないと思うけど、新年会でひさびさに昔の話題になって、その際いろいろ思い出したので書く。情報源は自分とその周辺なのだけど、具体的にはXROGERの流れと、比較的交流のあったSHARPNELの流れ、あとは当時からナードコア周辺に出入りしていたコアなファンたちからの情報などが元なので、細かい事実関係は間違ってるかもしれない。ただまあ、渦中にいた者としての一感覚として受け止めてもらえば幸い。

ナードコアとは (ナードコアとは) – ニコニコ大百科

で、まあ、このニコニコ大百科の記述で辞書的にはあってるとは思うのだけど、もう少々補足すべきことはありそうだとも感じる。

私が考えるところ、現在大百科の定義にあるような「ナード(A&G、いわゆるアニメ、ゲーム的なもの)+ハードコア」というとらえ方は、どちらかというと結果的にそれらが印象に残り、引き継がれていったというだけで、そのスタート時の本質は別のところにあったように思う。

その辺を少し補足することで、その意味が少しクリアになるかもしれない、特に若い人にとっては。

カテゴリー
技術

XFSに関するトラブル対処

SATAのUSB変換ケーブルとかで指したり抜いたりしてたら、トラブル。

マウントしようとすると、

XFS: Filesystem sdc6 has duplicate UUID - can't mount

とかでる。この場合は、uuidを見ないでマウントすればとりあえずよい。

$ sudo mount -o nouuid /dev/sdc6 /mnt

これで問題なかったと思いきや、しばらくいじくっていると、input/output errorとやらが出てしまった。

XFSの修復に必要なツールを入れる。

$ sudo apt-get install xfsprogs

とりあえず情報をみてみる。

$ sudo mount -r /dev/sdc6 /mnt
$ sudo xfs_info /mnt
(なんかいろいろ)

チェックしてみる。

$ sudo mount -r /dev/sdc6 /mnt
$ sudo xfs_check /dev/sdc6
ERROR: The filesystem has valuable metadata changes in a log which needs to
be replayed.  Mount the filesystem to replay the log, and unmount it before
re-running xfs_check.  If you are unable to mount the filesystem, then use
the xfs_repair -L option to destroy the log and attempt a repair.
Note that destroying the log may cause corruption -- please attempt a mount
of the filesystem before doing this.

メタデータがおかしい様子。
なにやらxfs_repairに-Lオプションをつけてログいじってしまえと言ってるのでやってみる。

$ sudo umount -l /mnt
$ sudo xfs_repair -L /dev/sdc6
Phase 1 - find and verify superblock...
Phase 2 - using internal log
- zero log...
ALERT: The filesystem has valuable metadata changes in a log which is being
destroyed because the -L option was used.
- scan filesystem freespace and inode maps...
- found root inode chunk
Phase 3 - for each AG...
- scan and clear agi unlinked lists...
- process known inodes and perform inode discovery...
- agno = 0
- agno = 1
とかいろいろでて完了。

その後、ファイルをいじくってみているが、とくに問題は起きてない様子。

カテゴリー
未分類

雇用不安の中どう生きるか

派遣切りなどの問題について考えるときは、そもそもの新自由主義の本義について考えるとよい。

新自由主義、つまり経済においては競争原理にすべてゆだねるのを良しとする考え方、これを日本は受け入れてきたことになってる。非常にいびつな形ではあるのだが。

目指すべき社会は何かというと、Jobの意味での仕事の時間と、それ以外の時間を分離することにつきる。

今、社会は競争原理で動いているのだという意識が強すぎるのだ。新自由主義について再確認してほしい。それは経済面での競争、つまりJobなりBusinessなりの領域に限定された競争ゲームが本来の意味だったはずだ。

アメリカは精神的充足という面では全然ましだと思われる。

働く時間が少なく、プライベートの時間を大切にすることができる。NPOに対する活動が奨励されていたり、税制面でも優遇されている。週末には教会へ通うことができる。そしてこうした休息の後、ふたたび経済競争ゲームへと再参戦が可能なのである。

こうした社会的基盤とセットで生きるのが、新自由主義であったはずなのだ。なのにどこで誰がはき違えたのか知らないが、すべて競争でOK、という解釈になってしまった。しかも雇用流動化が一方通行ときてる。

あえて言おう。派遣切り、正社員リストラをする企業には正統性がある。新自由主義導入の時点で、企業は社員の人生を支える責任から大幅に免責されている。問題は企業以外のところが、新自由主義の意味を理解せず、行動を起こさなかったこと、政策を打ち出さなかったことにある。

終身雇用に人生をゆだねる社会に戻すのか、それとも新自由主義を経済以外の社会基盤まで広げていくのか、それが問われている。

天下りや渡りに対する批判が現実のものとなった場合、公務員ですら雇用の流動性が高まるのは自明なわけだが、そういう批判をする人に限って企業の雇用責任を問う!とか言ってたりするのでまた萎えるわけだが。

どうでもいいが、今の日本で生き抜けているのは、サブカルチャーにいる人たちのような気がする。この領域にいる人の生き方は、こうした状況に強い。彼らは日銭を稼ぐ生業をもちながらも、精神面での充足はその会社以外で達成されてい る。かつて彼らは企業体に人生を預けられない、社会性のない人間とされていた者たちであった。しかしその生き方は、人生の主軸を競争外に置くことができる 点で、新自由主義と非常に相性がよいのだ。

でもネット上だけの活動はだめね。セーフティーネットってのは、網。引っかかってじゃまくさい、めんどくさいしがらみを持つことと同じなんだから。

カテゴリー
社会

公共事業は必要か

公共事業の善し悪しについて、わかる範囲で整理しておくことにする。

自分が思うに、(1)マクロ経済、(2)インフラ、(3)象徴、の側面で整理する必要があると思う。

まず(1)マクロ経済面での評価について考えておこう。

ニューディール政策・・・成功したことになってる。公共事業が景気対策になるという神話を裏付けている。実際は違うのではないかとも言われているが、イメージとしては成功側。

近年の日本の公共事業・・・失敗とそれに伴う縮小。これが今の不況の対策として公共事業だ!と叫ぶ人が少ない理由。

この2つの差異はどこにあるのか。ニューケインジアンに言わせると、為替が変動相場制になったのが効果の差を生んだのだという。細かい理屈は高橋洋一氏の本でも読めばいいと思うが、要するに公共投資すると、投資された業界は潤うが、国単位で見ると海外に金が流れるだけになるということは頭に入れておこう。不況に仰いでいる先進国が、なぜ公共投資をしない様を見れても、その理論を正しいと考えていることはわかる。

つぎに(2)インフラについて。

要するに公共投資は海外に金をばらまく間抜けな行為だ。しかだからといって公共投資は全部悪だ、やめちまえ、というわけにはいかない。

インフラへの投資は必須である。ネットのインフラ事業者をフォローする必要性はもっと叫ばれて良いと思う。また道路もインフラであるので基本的には賛成である。しかし、道路は重要!とだけ唱えて、実際に行う事業はインフラの意味ではなく、どうでもいい景観重視だったりする。役所の景観の感覚に問題があるのがそもそもの問題だと思うが、いずれにしても優先順位としては後回しでよいはずだ。

あとは(3)象徴だ。

公共投資のもつ、象徴への投資という意味合いも重要である。こうした厳しい状況において、人が生きぬくためには、人の意識を動かす、なんらかの象徴が必要になる。かつての大戦はそうであっただろうし、オリンピックの特需などもそうだ。銅像や胸像などもこのたぐい。人々が何に対して希望を抱くか、守りの姿勢を軟化させ、外に働きかけようとするか、そこの見極めが重要になる。

個人としての感覚では、EXPO85で乗ったリニアモーターカーが未だに走っていないのが不思議なので、そういうのに投資してほしいと感じるが、まあその辺は人によるだろうけど。

とにかく間違いないのは、公共投資は、選択的、限定的に行う必要があるということ。やり過ぎると、単なる垂れ流しになってしまう。これはアメリカも同様で、オバマの経済対策も同じ方向性だと思う。

カテゴリー
未分類

青臭い目標設定をしよう

数年単位でたてるような目標は、抽象的で、非現実的な方が良い。

よく、今の自分の現実より少し上の目標を建てろとか、あるいは目標を細かくブレイクダウンして、小さいことを積み上げろとか言うけど、それは限定的な状況でのみ有効であると思った方がいい。

少し前に流行った[dic:GTD]という仕事管理手法の体系がある。要するに気になる物事を全部書き出すことで、心のもやもや感を解消しつつ、具体的な行動として分割して処理していくというのがその大体の流れ。実際自分も2年近くこの方法は使っていて、やってみる価値はあるとも感じている。

しかしながら、これと同じようなノリで、数年単位の目標をたててしまうと、後に間違いなく罠にはまる。

なぜか。

まず、仮に正社員になって安定した家庭を築くという目標をたてたとしよう。数年後、それが叶ってしまったらどうか。実はそこには虚無感が待ちかまえているだけだったりする。これは慣れや飽きというレベルの話ではなく、自分の成長機会を失うことを意味し、人生の密度を下げる。また、目標をかなえられそうもない状況になったらどうか。実際、この程度の目標をかなえる人間など腐るほど居るわけだし、それに引き替え自分は…という思考に陥る。つまり、頑張れば叶いそうなレベルの目標は、結果的に自分の人生にとってマイナスにしか働かない。

長期的目標は、抽象的で、達成がほぼ不可能で、空虚な理想論であるほどよい。

たとえば、差別をなくすとか、貧困をなくすとか、そういうぱっと見引いてしまうようなものを、恥ずかし気もなく本気で望むのが良い。もしそれが嫌なら、総理大臣になって権力を握るとか、ロックフェラー家を超える金持ちになるとか、そいういう下世話なものでもかまわない。こうした目標であれば、それを達成しない限り、自らの駆動する力が潰えることはない。

つまるところ、目標とは、その設定した事象そのものを実現するために設定するケースと、自分自身に継続的変革を与えるために設定するケースがあるということだ。

もし学生であったら、目の前の受験のために具体的目標をブレイクダウンしていき着実にこなしていくことは必要だろう。しかし、受験合格やそれを足場とした職業以上の、謂わば青臭い目標のようなものは頑なに固持するよう心がけた方がよい。それがあれば、何が起きようとこの世の中をサバイブしていけるからだ。

夢を大切に、とか、大志を抱け、とか、大抵は現状維持に必死なおっさんが昔を懐かしんでいるだけなので萎えてしまうのはわかるが、だからといって、その格言に価値がないわけでは決して無いのだ。

あと、誤解を招かぬよう付け加えておくと、理想論を他人に押しつけることだけはやめよう。それは自分を奮い立たせるためのものであって、自分を正当化するためのものではないのだから。

カテゴリー
技術

debパッケージ作成手順メモ

あってるのかわからんけど記録しておく。